2011年3月5日

職場のいじめ・暴力・ハラスメント防止対策 医療機関における現状と対策

はじめに
 医療機関で発生する暴言や暴力としては、患者やその家族による医療従事者に対する暴言や暴力が近年課題と認識され様々な対策が行われるようになった。しかし、職員間での暴言やハラスメントについて、わが国の医療機関で対策が十分に行われているとは言えない。一方で、近年、諸外国の医師会や看護協会などは職員間でのハラスメントに関するガイドラインを示しているように世界的にも課題として認識されている。わが国の医療機関ではそのようなガイドラインが必要ないというのは後述するデータが示すように誤りである。
職員間の暴言やハラスメントの影響は大きく、被害を受けた職員は身体的にも、精神的にも傷つけられる。そうしたことが、不眠、帰宅後も休息できない、食欲低下、欠勤、離職など様々なことにつながる。こうした事象が頻回に起きなくても組織において存在した場合には「チーム」であることが不可欠である医療の根幹を揺るがし、医療の質を低下させることにもなる。本稿では医療機関における職場の暴言やハラスメントの現状と対策について紹介する。
はじめに申し上げておくが、後述する筆者らの調査結果などにも示すように暴言やハラスメントが比較的日常的に医療機関で起きているとは誠に遺憾であり、患者や一般市民もその結果に驚くのではないかと思っている。しかし、これまであまり語られなかったこの課題が議論の対象となりそれぞれの医療機関で対策が進むことを期待し、また筆者自身も取り組むことを決意する思いで執筆した。

職員間の暴言、暴力、ハラスメントの現状
わが国の医療機関での職員間の暴言や暴力については、いくつかの報告がある。研修医に関しては335人を対象にしたところ、84.8%が何らかのハラスメントを経験し、医師(34.9%)によるハラスメントが患者(21.7%)、看護師(17.2%)よりも多かった。黒田らは看護師96人の調査で、44%が過去1年間に職場での職員間の暴言や暴力の経験があると回答した。
筆者らは、2009年に東京都で開催された医療機関の暴力対策の講習会に参加した者を対象に職員間の暴言、暴力、セクハラ行為(それぞれの定義は表1)の現状について質問票調査をおこなった。講習会への参加者全体の特徴は、病院202施設631人が最も多く、全体では計235施設・団体694人であった。参加者694人のうち579人が回答した(回答率83.4%)
半年以内に一度以上の職員による暴言を経験していた看護職は27%、事務職は19%であった。半年以内に一度以上の職員による暴力を経験していた看護職は2%、事務職は3%であった。半年以内に職員による一度以上のセクハラ行為を経験していた看護職は8%、事務職は3%であった。また、自由記載においては表2のような事例が報告された。
調査や事例からみる限り医療機関では暴言や、ハラスメント特にセクハラ行為が日常的に起きているといっても過言でないようである。また、事例からは院長や副院長のような立場である者が加害者である事例が散見されたことは残念であった。また、医師や看護師などのヒエラルキーの高い者からだけでなく、同僚から部下から管理者や職種を超えて暴言やハラスメントが起きているようであった。

表1.調査における暴言・暴力・セクハラ行為の定義
暴言:傷つけることを意図した乱暴な言葉、脅し
暴力:実際に身体的に傷つけられたり、物を投げるなどの器物損壊
セクハラ行為:相手の意に反して、不快な感情を生じさせる性的な言葉や行動

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2.医療機関での暴言やセクハラの事例
.暴言やハラスメント
1)医師や看護師などのヒエラルキーの高い者から
・医師より、「お前達は使いすてだ」「お前達はバカだ」と暴言をはかれる。
・暴言を発する当事者が、副院長職にあり、院長ですら指導できない。
・職種が異なる相手であると、専門的知識を前面に押し出して、分からない者を馬鹿にする態度や言葉を出す。
・威圧的な態度の医療安全管理の室長がいます。恐くてインシデントが出せない。インシデントがないと書いてないのではないかと言われる。
・医師より飲み会参加を強要させられた。断ると業務から外されたことがある。

2)同僚や部下などから
・部下による人格否定や言葉遣いなど、名誉を傷つけられることが多い。選んだ言葉が相手に隙を与えて しまいモンスタースタッフへと変化してきている。要求が多く、義務を果たしていないスタッフへの対応に四苦八苦している。
・介護職員にだめな看護師と言われ、夜勤を下ろされた。
・特定の男性スタッフに無視をされている(食事を断ってから)。

.セクハラ行為
・挨拶をする際、近くに寄ってきて手をにぎったり背中をさわられたりした。
・若い女性医師の机の引き出しにアダルトビデオが入れられていた。
・高齢(男性)の医師が気に入っている職員(女性)の肩・腰に手を廻す。本人はコミュニュケーションの1つと思っている様だが、女性は嫌がっている。医師、院長、高齢という点から、はっきりと嫌とは云えない。

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医療機関での対策の進め方
 医療機関での対策の進め方を紹介する。表3にはそれらのまとめとして医療機関が最初に行う7つの対策として示した。

表3.医療機関での暴言やハラスメントに対する最初の5つの対策
①職場において暴言やハラスメントが起きうるという認識を持つ
②医療機関としてあらゆる暴言やハラスメントを許さないという方針を示す
③医療機関での暴言やハラスメントの実態調査を行う
④指導が必要な加害者に対して組織として介入する
⑤職場の管理者や労働者に職場での暴言やハラスメントの教育を行う。
⑥相談窓口と事例に対処する委員会などを組織する。
⑦厚生労働省の指針「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」を確認する。


①職場において暴言やハラスメントが起きうるという認識を持つ
 医療機関ではすでにチーム医療の重要性が確固としたものと認識されており、今更ながらこのような職場における暴言やハラスメントが起きていること自体を認めることができない雰囲気もあるように筆者は考えている。しかしながら、まずはこうしたことが起きうるという認識を管理者が持ち、積極的な関わりが不可欠である。

②医療機関としてあらゆる暴言やハラスメントを許さないという方針を示す
 対策の進め方は患者から医療従事者への暴力対策で行われていることと同じであると筆者は考えている。最も重要なことは、医療機関の方針として、「医療機関においてあらゆる暴言やハラスメントなどを容認しない」と「被害にあった場合には組織で守る」ということを院長や理事長などが示すことである。

③実態調査を行う
医療機関において認識が十分ではなく、先の方針を出すことが唐突に認識される場合には、実態調査から始めると良いであろう。実態調査は無記名のアンケートで、前述の筆者らの調査のように、暴言やセクハラ行為を定義し、期間を定めて(例:半年など)1回以上あったかどうかを聞くと良い。また全員を調査対象にすると労力も大きくなり、また報告書を作成するとなるとさらに手間が増えるため100名程度の調査を行い対策の実施に注力すべきである。

④暴言と暴力の対策
暴言については、医療機関においては間違いを起こすことにより患者の生命を危険にさらすことになるため、緊急な場などにおいては部下などに対して大声を出さざるを得なかったり、注意や叱責をする必要もありうる。筆者らの調査は、本人のとらえ方による判断のため、一部に業務上必要不可欠であった事例も含まれている可能性がある。しかしながら、怒鳴る、しつこく長期にわたって無視する、露骨な嫌みを言うなどは少なくとも職場にはそぐわない。
 事例より医療機関においてある特定の者が加害者になっていることが示唆されるが、院長などの管理者から注意をされていないため、本人自体が気づいていない可能性もある。また、注意されないためエスカレートしている可能性がある。
特に医師に関しては、破壊的行動をとる医師(Disruptive physician)として北米では課題として認識されておりガイドラインも示されている。破壊的行動は、言葉や行動が不適切で、医療の質に影響を与える行動とされている。例えば、職員に対しては、間違ったことを執拗に攻める、汚い言葉を使う、無礼、患者やスタッフの前で不適切な議論をする、突然怒る、他の医師を非難するなどの行動が見られる。こうした行動は医師に限らず他の職種でも職位の高い者には同様の行動が起こる可能性もある。医療機関としてこうした人を容認せず、きちんと注意をするといった対応が求められる。さらには、間接的に職員全体に対して教育を行い全体の認識を高めていくことも同時に行いたい。
また、同僚や部下による暴言は、職種のヒエラルキーを超えて能力を問うような暴言や、義務を果たさずに要求だけを上司にする事例があった。このあたりも認識の違いもあるが、医療機関として人材育成の観点からの対策も期待される。
身体的な暴力は、件数は少なかったが存在はしていた。事例の記載もなかったため具体的な内容は不明である。しかしながら暴言からエスカレートして暴力に発展している可能性もある。

⑤セクハラ対策
セクハラ行為については、筆者らの調査では看護職の女性の7%が経験していた。看護師は患者からのセクハラ行為を容認する傾向があり、まずはセクハラ行為であることを認識することが重要であることが指摘されている。これは職員からのセクハラ行為にも該当する。
また、オーストラリアの看護師の調査で、2年間の間に女性看護師の60%、男性看護師の34%がセクハラ行為を経験し、その加害者は患者と医師が多いと報告している。本調査では、男性の看護職、事務職も件数は少ないが、セクハラ行為を経験していた。医療機関は、女性職員が割合的には多いが、男性に対してのセクハラ行為も考慮した対策が必要である。
わが国ではセクハラ行為に関しては、厚生労働省の指針「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成18年)」が示されており、行うべき対策を確認する。なお、男女雇用機会均等法において、事業主にセクハラ行為について必要な措置を講ずることが法律で義務づけられていることを忘れてはならない。
対策としては、例えば、職場においてセクシュアルハラスメントがあってはならない旨の方針を明確化し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発すること、相談窓口の設置、事後の迅速かつ適切な対応できる体制などが必要である。これらの対策はセクハラ行為だけでなく、職員間の暴言や暴力にも適応できる。すでに民間企業では対策が浸透しているが、各医療機関においてもどの程度の対策が進められているか確認することが必要である。

おわりに
事例が起きた際に院長や事務長に相談しても十分な対応が得られていないことも報告されている。特に医師や看護師が加害者である場合には、その医師や看護師自身が医療機関において重要な役割を担っていることや、人手不足といったこともあり院長であっても注意をすると辞めてしまうのではないかと心配し手が打てないという側面もあるようである。しかしながら、放置することにより職場のモラルは低下し、また、医療職は一般労働者よりも比較的転職をしやすいこともあることから被害にあった職員が退職したりしてさらなる課題に直面する。こうした職員間の暴言やハラスメントは、職員を守るだけではなく、我々の責務である医療の質の確保にも不可欠であることを認識し、積極的に医療機関でも取り組む必要がある。

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