2011年3月26日

避難所の感染対策 ~ウイルス性胃腸炎編

 避難所のウイルス性胃腸炎で、とくに問題になるのは、ノロウイルスとロタウイルスではないかと思います。双方とも、ヒトへの感染力が強いために、しばしばアウトブレイクを引き起こします。すでに、一部の避難所ではウイルス性胃腸炎の流行がみられるとの情報もあり、今後、対策が急がれることになるかもしれません。

 避難所という集団生活の場において、こうしたウイルス性胃腸炎が流行した場合に、どのような感染対策を行えばよいのでしょうか? 院内感染対策を行ってきた医師の立場、そして新潟県中越地震の被災地支援に関わった立場から、ノロウイルスを中心にして考えてみたいと思います。

 なお、ロタウイルスへの対策もノロウイルスと同様だと考えていただいて結構です。異なる点は、ロタウイルスでは大人の症状は一般に軽いということ、一方、乳児では重症となりやすく、下痢が1週間近く続くこともあります。ですから、ロタウイルスの場合は、より乳児を重点的に守ることになります。

■  ノロウイルス胃腸炎の症状

 突発的な激しい吐気や嘔吐、下痢、腹痛を認めます。やがて寒気とともに38℃台の発熱を認めることもあります。こうした症状は1日か2日で軽快し、後遺症を残すこともありませんが、高齢者や乳幼児では、脱水がすすんで多臓器不全を来たしたり、吐瀉物を喉に詰まらせて窒息したりすることがあるので注意が必要です。また、高齢者では誤嚥性肺炎を続発することがあるので、下痢がおさまってからも見守りが必要です。つまり、健康な人にとっては、水分を摂取しながら安静にしていれば乗り越えられる病気とも言えますが、災害により体力の低下した弱者にとっては、いのちに関わる感染症となりかねません。

■ 避難所でできる下痢症の治療

 大部分の下痢症患者にとって、必要な治療とは「適切に水分を補給すること」だけです。大人であれば、ポカリスエットなど刺激のないジュースやお茶を飲み、ときどき塩分としてみそ汁や野菜スープなどを飲みましょう。子供(とくに5歳未満児)には「ORS(経口補水塩)」が理想的です。やはりスープなどによる塩分補給も大切です。母乳栄養児には母乳をそのままあげてください。

【ヒント】避難所で作るORS(経口補水塩)
 500mlのペットボトルを準備します。これに塩を小さじ1/4杯と砂糖小さじ3杯を入れて飲料水で満たします(正確である必要はありません)。もし、オレンジジュースがあれば100ml分を水の代わりに入れましょう。飲みやすくなり、下痢で失われがちなカリウムの補充にもなります。

 嘔吐しているからといって、水分を与えるのを諦めてはいけません。少量ずつでもよいので飲ませましょう。脱水もまた嘔吐の原因なので、適切な水分補充ができれば吐かなくなります。

 吐かずに水分が飲めるようになり、食欲が戻ってきたら、食事を徐々に再開しましょう。少しだけ塩を加えたお粥、バナナ、バターを控えたトーストなどが食べやすいようです。

 市販の下痢止め薬は、とくに子供には使わないようにしましょう。大人も避けるべきですが、頻回の下痢で眠れない、避難所のトイレが使いにくいといった事情があるのなら、夜間に限って下痢止め薬を使用することは妨げません。

 一方、市販の吐気止め薬は、添付文書に書かれている用法用量を守って使用することができます。ただ、やはり子供にはなるべく使わない方が安心です。

 本稿では重症者に対する医学的な対応については述べません。嘔吐や下痢とともに意識が朦朧としている、眠ってばかりいる、ぐったりしている、息苦しそうにしている、半日以上おしっこが出ていない、といった症状を認めた場合には、避難所での療養継続は危険かもしれません。必ず医療機関を受診させるようにし、医師の指導に従ってください。

■ ノロウイルスの感染経路

 ノロウイルスは感染している人の腸内で増殖し、その吐物や便を介して感染伝播します。具体的には、感染している人が調理した食品を食べることによる伝播(食中毒)と、感染している人の吐物や便を直接触れてしまうことによる伝播(接触感染)と、吐物や便が乾燥して飛散することによる伝播(空気感染)とに大別されます。ですから、食品の安全を確保することと、症状がある方の便や吐物を確実に処理することが感染拡大防止の目標となります。

 残念ながらエタノールではノロウイルスを消毒することはできません。次亜塩素酸ナトリウム溶液(作り方のヒントを後述)が有効ですが、手指の消毒を含め人体には使えません。よって、ウイルスの除去は流水による手洗いが原則となります。

■  ノロウイルスの感染対策

 では、具体的な感染対策のポイントを整理してゆきます。もちろん、すべての対応をすることは困難だと思います。避難所ごとに状況は異なるでしょうから、現場で判断していただくしかありません。以下を参考として、できることがあれば取り組んでいただければと思います。

1)    食中毒を予防する

○  下痢や嘔気のある方、発熱している方は、避難所における食品の配布や調理に関わらないようにする。漠然と「下痢をしている人は申し出てください」ではなく、食品を取り扱う前に下痢をしていないか、発熱していないか、ひとりひとりに確認するのが望ましい。
○  食品を扱う人は、なるべく石けんを使用し、十分な手洗いをしてから作業に入ること。また、作業の途中にトイレに行った場合にも、必ず手洗いをしてから再開すること。
○  生鮮食品(野菜、果物など)は十分に洗浄し、食材はなるべく加熱調理(85℃以上で少なくとも1分間)する。
○  調理器具、容器は清潔に保つこと。とくに下痢症が流行しているときは、食器の使いまわしは避ける。

2)有症者用トイレを管理する

○  屋内の女性用トイレなどを、性別によらず有症者用のトイレとして限定し、他の人が使用しないように隔離する。
○  流水と石鹸による手洗いを徹底。小便、食事前の手洗い、歯磨きなども、この隔離された有症者用トイレに限定する。嘔吐するのも(可能な限り)このトイレ内でと呼びかける。
○  このトイレは徹底して水洗いによる清掃を続ける(1日2回以上)。ドアノブ、蛇口など直接手が触れる可能性のある場所については、次亜塩素酸ナトリウム(ハイターなど)を600ppmに薄めた溶液をペーパータオルなどに染み込ませて清拭する。
○  乾燥した便や吐物が飛散しないよう、なるべく湿潤な環境とし、とくに床面を乾燥させない。
○  トイレのドアはなるべく閉めておく。外側の窓は空けてもよいが、空気が屋内に流れている場合には閉めた方がよい。

【ヒント】 600ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液の作り方、使い方
 500mlのペットボトルを準備します。ペットボトルのふた1杯(5ml)のハイター(次亜塩素酸ナトリウム6%)をペットボトルにいれて、残りを水で満たしたら600ppmとなります。この溶液を扱うときは、できるだけ手袋をしてください。もし、溶液が手に直接ついてしまった場合には、流水でよく洗ってください。

3)適切に吐物を処理する

○  吐物を認めたら、乾燥する前になるべく早く処理をすること。
○  処理をはじめる前に、処理にあたる人以外の方を遠ざける(3メートル以上)。
○  処理にあたる人は、できるだけ手袋・マスクを着用する。
○  吐物のなかのウイルスを飛ばさないように注意しながら、ペーパータオルなどで静かに拭きとる。
○  吐物で汚染された場所を、600ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液でひたすように拭き、その後、水拭きする。
○  使ったぺーパータオルなどはビニール袋に入れ、しっかり閉める。ビニール袋のなかに、廃棄物全体が湿るぐらいに600ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液をかけておく。
○  作業が終わったら、流水と石鹸による手洗いをしっかり行う。
○  可能であれば、この作業は、4)で述べる免疫のある方が行う。

4)適切に汚染された衣類を洗う

○  便や吐物で汚れた衣類は大きな感染源となるので、他の衣類と一緒に洗わないこと。
○  洗う人は、できるだけ手袋・マスクを着用する。
○  バケツなどで、汚れた衣類を水洗いし、更に600ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液を半分程度に薄めてように注いで消毒する(ただし色落ちします)。
○  この作業は上述の有症者用のトイレで行うことが望ましい。
○  可能であれば、この作業は、4)で述べる免疫のある方が行う。

5)免疫のある方を活用する

○  下痢など急性胃腸炎を発症し、すでに症状が改善している方は、基礎疾患がある方を除きノロウイルスに免疫があると考えることができる(少なくとも2ヶ月は持続)。
○  避難所の衛生管理における貴重な人的資源であり、有症状者へのケア、トイレを含む避難所内の清掃、リネン類やゴミの取り扱いなどに積極的に協力していただく。
○  下痢がおさまってからも、便中のウイルス排泄は長期に(1週間以上)続くこともあり、流水での手洗いは徹底させる。トイレも有症者用トイレを使用すること。
○  少なくとも症状消失後2週間(できれば1ヶ月)は、避難所の食品の配布や調理に関わらないこと。

6)症状のある方とない方の接触機会を減らす

○  下痢や嘔気などの症状がある方は、どんなに症状が軽くとも、避難所内を歩き回らないように心がける。とくに、テレビのリモコン、ライトのスイッチ、ドアノブ、掲示物などの共有物を触らないようにする。
○  症状のない方は、屋内の男子用トイレや屋外の仮設トイレなど、その他のトイレを使用し、前述の有症者用トイレを使用しないようにする。
○  症状のない方も、症状のある方と同様に、避難所内を不必要に歩き回らないようにする。また、テレビのリモコン、ライトのスイッチ、ドアノブ、掲示物などの共有物を触った場合には、できるだけ流水で手を洗う。
○  症状のある方と会話をしたぐらいでは感染しないので、過剰に排除しないようにする。

■  おわりに

 以上、避難所における感染対策について、比較的厳格な考え方で解説しました。

 さらなる感染対策を試みるならば、上述の有症者用トイレに近いエリアを「有症者世帯エリア」として空間隔離するという方法もあります。つまり、症状のある方のいる世帯を集合させ、それ以外の世帯と分離するということです。避難所内でモザイク状に有症者が寝起きしているよりは、感染拡大の速度を遅くできるかもしれません。

 しかし、感染症医の立場から正直に申し上げると、あらゆる厳格な対策を試みたとしても、拡大の速度は遅くなるにせよ、一緒に寝起きしている限り感染を確実に回避することは困難だと思います。限られた(空間的、物質的)資源を浪費するよりは、乳児など感染させたくないハイリスク者を避難所外へ移動させることを考えた方がよいかもしれません。

 有症者を分けるという感染対策が避難所の団結を阻害したり、有症者を出した世帯に対する偏見を招来することがないよう、避難所の担当者の方は注意してください。避難所において、対策と称して有症者を分離し、そして恐れ、支援の手が疎かになるとすれば、それは明らかな対策の失敗です。ここに書いた私の本意でもありません。

 怒涛の勢いで侵攻してくる病原体を前にして、人間様がバラバラでは勝ち目はありませんよね。団結とは、感染対策における最優先事項でもあるのです。ウイルス性胃腸炎への感染対策は、平時の医療機関においてすら困難なものです。現場の方々は、ほんとうにご苦労されていると思います。ここで私が書いたことが少しでも参考となるとすれば幸いです。

高山義浩(沖縄県立中部病院)

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