2011年3月5日

院内で起こる暴言・暴力に組織的に取り組む

1.はじめに
 一部の患者による医療機関の職員に対する暴言・暴力は近年課題になっている。病床を伴う医療機関においては残念なことに日常的に程度の差はあるが発生している。診療所においては事例の数はやや少なく、あまり起きていないかもしれないが、ある日突然発生すると、備えをしていないこともあって大きな影響を受ける可能性がある。
 こうした職員への暴言や暴力は医療機関で組織的な取り組みを行うことによって発生の予防ができることも多い。また、発生したとしてもその影響を低減することができる。しかしながら、多くの医療機関では、これまで十分に組織的に取り組まれてこなかった。その背景には、暴言・暴力が医療機関としての組織の課題ではなく、職員の“個人の問題”としたり、暴言・暴力の対象になったとしても職員自身が報告することで上司などが自分をさらに責めるのではないかという恐れを抱いたりしたことによると考えられる。
 本稿では、医療機関における暴言・暴力について組織的に取り組むための具体的な対策を紹介する。

2.意見箱から医療機関の文化がみえる
 医療機関での暴言・暴力対策では次のことが大前提になる。1.普段から患者との良好なコミュニケーションをとるよう心がける。2.患者などからの“意見、コメント、クレーム”を受ける場所や部署を明確にして、大切にし、迅速に対応する。こうしたことが行われないといかに小手先の暴言・暴力対策をしても予防ができない。
 医療機関の意見箱をみるとその組織の文化が見えると行っても過言ではないと筆者は考えている。医療機関によっては、患者にとって意見箱の場所がわかりにくかったり、書く場所がなかったり、鉛筆がなかったり、落ち着いてかけるよういすがなかったり、意見箱の中には多くの意見が入っているが回収されて反映されていないようであったりする。中には、意見箱に意見を書かれることを職員が恐れているのか、意見がないことこそが評価されていると誤解しているとしか思えない医療機関もある。是非今一度自分の医療機関の意見箱がきちんと機能しているかを確認いただきたい。

3.暴言・暴力は氷山の一角
 医療機関で起こる暴言や暴力は氷山の一角である。これを予防するためには、その背景にあることを含めた包括的な対応が必要である。その背景には様々な事があげられる(図1)。近年医療機関も効率化を求めなければならなくなり、業務の多くを外注化したり、一人一人の業務が多くなりすぎて職員が医療機関を辞めてしまったりする。こうしたことは対応する職員の質の低下にもつながる。また、業務が複雑化し、部署間の連携も十分に保てないといったこともあげられる。そのため、対策を検討する段階においては、その背景にある要因にまで目を配る必要がある。

 
4.暴言・暴力の現状
 現状としては、日本医師会 勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会が行った調査では医療機関の勤務医の約2人に1人が半年以内に1度以上の不当なクレームなどを受けていると回答した。暴力に関しては、某医科大学の卒業生を対象に筆者らが調査を行ったところ493人の臨床医のうち15(3.0%)が半年以内に1度以上の何らかの暴力を経験したと答えた。看護師においてはさらに医師以上の件数が起きている。
 対策を進めるためには院長や理事長などの管理者が率先して取り組むことが必要であるが、事象が起きても報告されないことがあるため、管理者は意外にどの程度の件数が自分の医療機関で起きているか把握していないことがある。
そのため、現状把握を目的として暴言や暴力などが半年の間に経験したかどうかを無記名のアンケートをとってみることも必要となる。半年としたのは、記憶のある範囲として聞いている。3ヶ月としてもよいが、1年では長いので記憶の限界がある。このように期間を限定しないと正確なデータがとれないので注意が必要である。数年に1度行うことで変化を追うことも可能となる。

5.  医療機関としての方針を持つ
暴言・暴力予防策には様々なものがある。やるかやらないかは病院次第である。医療機関の組織的な対策として行うにあたり、もっとも重要なことは、院長や理事長などの管理者が医療機関の方針として、「1.医療機関では一切の暴言や暴力は許さない、2.被害にあった医療従事者は組織で守る」を明確に示すことである。方針といっても、文書で院長名などに表明してもらうか、それが難しければ朝礼などで方針として口頭で示してもらうのがよいであろう。
なぜ方針が必要か。例えば一部の患者が暴言を言ったり、暴力をふるっている場合に毅然と注意をするなどの対応の際や、大きくこじれる前に医療従事者が管理者に報告をするといったことに関してこの基本方針がなければ判断に迷って一つ一つの行動に影響をしてくるのである。このような方針が欠けた場合には包括的な対策にならない。
この方針に基づいて、1.予防、2.発生した際の対応、3.事態の収拾、の対策が行われる。具体的にそれぞれを紹介する。

6.予防策
 予防策の例を表1に示した。注意が必要なのは、一つの対策だけやればよいというものはないことである。例えば、「さすまたを購入する」ということだけで対策を行った気になっている医療機関が見受けられるのは残念なことである。皆で暴言や暴力を予防するための文化を創るということを目標として継続して取り組む必要がある。
 ポスターを掲示する(図2)というのも、前述の方針である医療機関ではいかなる暴力を許さないということを示す意味でも重要である。近年は公共交通機関の駅でも同様のポスターが増えてきたこともあってか、医療機関において貼ることに抵抗がなくなってきた。
暴言や暴力の事例をロールプレイとして入職時などに教育で行うことは費用もかからず、効果的な方法である。例えば3人組になって、患者役、看護師役ともう1人が観察者として行う。事例については、医療機関で集めれば比較的集まるものである。ロールプレイをやる際に注意が必要なのは、あまり熱くなりすぎないようにすることである。また当然ながら相手をたたいたりしてはいけない。ロールプレイにおいて、クレームを言う立場になってどういう気持ちになるか、言われてどういう気持ちになるかということを体験しておくことによって、実際の場には冷静に対応できるようになる。暴言や暴力は突然起こるため、ロールプレイで経験しておくことは重要である。
暴言や暴力が発生する前には多くの場合予兆がある。しかし、医療機関の管理者によると、その予兆を感じとれない職員もいるようである。暴言や暴力が発生する予兆をつかむこともきちんと教育しなければならない。予兆としては、眉間にシワが寄る、唇の両端(口角)が下がるといった「怒った」表情に気づく必要がある。また、声がだんだん大きくなる、早口になる、時計を見始める、貧乏ゆすりをするなど、いらいらした感じにも気づく必要がある。気づいた場合には、忙しいなかでも、なぜ怒っているかを考え、迅速で丁寧な対応をすることで発生を予防することができる。
 警察OBを雇用する医療機関も近年増加している。しかしながら、筆者の知る限りでは、警察OBを雇ってうまくいっている医療機関は意外に少ない。うまくいっていない医療機関では、ただ警察OBを雇っているだけで、役割が不明確であったりする。中には、医療安全管理者と対立したり、事務長の小間使いのようになっていることもある。医療機関として警察OBが本来の能力を発揮できるような体制やルール作りを行うことが前提になる。
 予防策については、医療機関で具体的になにかを実施しようとすると意外にも内部から反対意見がでてコンセンサスが得られないことがある。しかしながら、対策を進めるためには、例えば1ヶ月間試行してみて、良ければ継続し、問題があれば改善といった柔軟な姿勢で行う。また予防策を行ってもすべての事例に対応できるのではなく、悪質な事例については組織で迅速に対応する体制が必要である。

7.発生した際の対応
発生時には迅速な対応が求められる。まずはなによりも優先されるべきことは、逃げる、または助けを呼ぶことである。その上で、どのように対応をするかということについては、各病院で暴言や暴力を3から4つのレベルにわけ、それぞれに対してだれがどうするかというA4で1枚の表を作成する。それを電話機の横に各病棟などに貼っておくことである。(図3参照)
 警察を呼ぶことは発生時には重要である。警察を呼ぶ基準としては、「常識の範囲で」「だれかが恐怖を感じたら」ということが考えられる。暴力に対しては直ちに警察への連絡となる。一方で暴言についてはある程度注意をし、「これ以上大声を出すなら警察を呼びます」など警告を行ってから呼ぶ。
 警察への連絡についても手順を決める必要がある。時に、警察へだれも連絡をしていなかったこともある。また、110番ではなく、警察署の一部署に電話をするのは間違いである。また、警察を呼んだことに関して職員を後でとがめたりするようなことがないようにしたい。
 ナダのある医療機関では暴言・暴力に該当すると判断される事例において医療従事者は“コードホワイト”を発令(電話で要請)する。それにより、5人一組のチームが約5分以内に駆けつけ、事態の収拾を行う。チームのメンバーは、看護師、看護助手、事務員(警備員は含まれない)で構成されており、ケースによっては4人一組(1人は指揮をとる者)で、患者に不必要な危害を加えず、暴力を予防するように抑える。日本でも導入している医療機関もあるが、意外に活用することは年に数回だったりして、時々訓練するなどしてシステムを維持する取り組みも必要となる。
 時々医療機関で、「トラブルを繰り返す患者を医療機関への出入り禁止にしたことがあります」という話を聞くことがある。状況を聞くと、ずいぶん医療機関で我慢していたが、ついに堪忍袋の緒が切れたといった感じである。医療従事者として目標とするのは、こうした患者が反省して治療に専念することである。医療機関から閉め出すことや、ましてや犯罪者にしたてあげることでもない。場合によっては、家族や警察などの介入をもとめることが最後は治療に専念できるような状況につながる可能性もある。

8.収拾時
 被害者は暴言・暴力により心理的にも傷つけられており、職場でのサポートが必要である。また、ケースによっては顧問弁護士や警察などとも連携する。
 表2に被害者に起こりうる心理と、対応する管理者がもつ被害者の印象のギャップについて示した。被害を受けた医療従事者に特徴なのは、患者にそうさせた自分が悪いや我慢できなければプロではないという意識である。そうしたことを知らなければ、管理者として配慮のない言葉をかけてしまい、相手をさらに傷つけてしまうことがある。静かな場所で事例発生後には定期的な面談を行い、速やかに業務に復帰できるような支援が求められる。これらの対応は、すぐに精神科医に相談ということではなく、病棟医長や看護師長など職場の管理者レベルに求められる対応である。

9.おわりに
医療機関においての暴言・暴力は医療従事者の安全性を損なう危険事象である。こうした対策を行わなかったことで医療従事者になにかおきた場合には、病院管理者の安全配慮義務を問われる可能性がある。また、暴言・暴力の被害にあうことで、心理的な影響を受け、仕事に集中できなくなったり、離職したり、場合によってはPTSDを発症する可能性もある。さらには、被害にあわなかった人も医療機関の対応が十分でない場合には、組織への不信感やモチベーションの低下にもつながる可能性がある。
 多くの暴言・暴力は対策により予防することができる。また、対策を行うことで被害の低減を行うこともできる。こうした取り組みは、医療従事者のためのように一見見えるが、実は間接的には善良な患者が安心して医療を受けられるための環境作りにもなるのである。

参考文献
1.    相澤好治(監修),和田耕治(編集).病医院の暴言・暴力対策ハンドブック.メジカルビュー.2008
2.   吉川徹,和田耕治.一般医療機関の暴言暴力の予防と対策.ケアネット.2009


 
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表1.暴言・暴力の予防策の例

1.医療機関としていかなる暴言・暴力を許さないという姿勢を明確にし、ポスターなどで掲示する。(図2参照)
2.入院誓約書や入院案内にいかなる暴言・暴力を許容しないことを示す。
3.患者からの要望を聞く、患者支援センターや対応者を決め、周知する、また対応者の教育を行う。
4.最寄りの警察署や弁護士との連携関係を築く
5.起こりやすい場所(救急外来、精神科外来、患者と二人きりになる可能性のある場所)を特定し、必要な対策(逃げ道の確保など)を行う。
6.救急外来入口、待ち合い室に監視カメラを設置(ただし、プライバシーを侵害しない範囲で)。人目につくところに「防犯カメラ設置」という張り紙を設置する。
7.余裕をもったコミュニケーションが取れるよう必要な人員を確保する。
8.外来の待合室を快適にする。

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