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2011年3月26日

避難所の感染対策 ~ウイルス性胃腸炎編

 避難所のウイルス性胃腸炎で、とくに問題になるのは、ノロウイルスとロタウイルスではないかと思います。双方とも、ヒトへの感染力が強いために、しばしばアウトブレイクを引き起こします。すでに、一部の避難所ではウイルス性胃腸炎の流行がみられるとの情報もあり、今後、対策が急がれることになるかもしれません。

 避難所という集団生活の場において、こうしたウイルス性胃腸炎が流行した場合に、どのような感染対策を行えばよいのでしょうか? 院内感染対策を行ってきた医師の立場、そして新潟県中越地震の被災地支援に関わった立場から、ノロウイルスを中心にして考えてみたいと思います。

 なお、ロタウイルスへの対策もノロウイルスと同様だと考えていただいて結構です。異なる点は、ロタウイルスでは大人の症状は一般に軽いということ、一方、乳児では重症となりやすく、下痢が1週間近く続くこともあります。ですから、ロタウイルスの場合は、より乳児を重点的に守ることになります。

■  ノロウイルス胃腸炎の症状

 突発的な激しい吐気や嘔吐、下痢、腹痛を認めます。やがて寒気とともに38℃台の発熱を認めることもあります。こうした症状は1日か2日で軽快し、後遺症を残すこともありませんが、高齢者や乳幼児では、脱水がすすんで多臓器不全を来たしたり、吐瀉物を喉に詰まらせて窒息したりすることがあるので注意が必要です。また、高齢者では誤嚥性肺炎を続発することがあるので、下痢がおさまってからも見守りが必要です。つまり、健康な人にとっては、水分を摂取しながら安静にしていれば乗り越えられる病気とも言えますが、災害により体力の低下した弱者にとっては、いのちに関わる感染症となりかねません。

■ 避難所でできる下痢症の治療

 大部分の下痢症患者にとって、必要な治療とは「適切に水分を補給すること」だけです。大人であれば、ポカリスエットなど刺激のないジュースやお茶を飲み、ときどき塩分としてみそ汁や野菜スープなどを飲みましょう。子供(とくに5歳未満児)には「ORS(経口補水塩)」が理想的です。やはりスープなどによる塩分補給も大切です。母乳栄養児には母乳をそのままあげてください。

【ヒント】避難所で作るORS(経口補水塩)
 500mlのペットボトルを準備します。これに塩を小さじ1/4杯と砂糖小さじ3杯を入れて飲料水で満たします(正確である必要はありません)。もし、オレンジジュースがあれば100ml分を水の代わりに入れましょう。飲みやすくなり、下痢で失われがちなカリウムの補充にもなります。

 嘔吐しているからといって、水分を与えるのを諦めてはいけません。少量ずつでもよいので飲ませましょう。脱水もまた嘔吐の原因なので、適切な水分補充ができれば吐かなくなります。

 吐かずに水分が飲めるようになり、食欲が戻ってきたら、食事を徐々に再開しましょう。少しだけ塩を加えたお粥、バナナ、バターを控えたトーストなどが食べやすいようです。

 市販の下痢止め薬は、とくに子供には使わないようにしましょう。大人も避けるべきですが、頻回の下痢で眠れない、避難所のトイレが使いにくいといった事情があるのなら、夜間に限って下痢止め薬を使用することは妨げません。

 一方、市販の吐気止め薬は、添付文書に書かれている用法用量を守って使用することができます。ただ、やはり子供にはなるべく使わない方が安心です。

 本稿では重症者に対する医学的な対応については述べません。嘔吐や下痢とともに意識が朦朧としている、眠ってばかりいる、ぐったりしている、息苦しそうにしている、半日以上おしっこが出ていない、といった症状を認めた場合には、避難所での療養継続は危険かもしれません。必ず医療機関を受診させるようにし、医師の指導に従ってください。

■ ノロウイルスの感染経路

 ノロウイルスは感染している人の腸内で増殖し、その吐物や便を介して感染伝播します。具体的には、感染している人が調理した食品を食べることによる伝播(食中毒)と、感染している人の吐物や便を直接触れてしまうことによる伝播(接触感染)と、吐物や便が乾燥して飛散することによる伝播(空気感染)とに大別されます。ですから、食品の安全を確保することと、症状がある方の便や吐物を確実に処理することが感染拡大防止の目標となります。

 残念ながらエタノールではノロウイルスを消毒することはできません。次亜塩素酸ナトリウム溶液(作り方のヒントを後述)が有効ですが、手指の消毒を含め人体には使えません。よって、ウイルスの除去は流水による手洗いが原則となります。

■  ノロウイルスの感染対策

 では、具体的な感染対策のポイントを整理してゆきます。もちろん、すべての対応をすることは困難だと思います。避難所ごとに状況は異なるでしょうから、現場で判断していただくしかありません。以下を参考として、できることがあれば取り組んでいただければと思います。

1)    食中毒を予防する

○  下痢や嘔気のある方、発熱している方は、避難所における食品の配布や調理に関わらないようにする。漠然と「下痢をしている人は申し出てください」ではなく、食品を取り扱う前に下痢をしていないか、発熱していないか、ひとりひとりに確認するのが望ましい。
○  食品を扱う人は、なるべく石けんを使用し、十分な手洗いをしてから作業に入ること。また、作業の途中にトイレに行った場合にも、必ず手洗いをしてから再開すること。
○  生鮮食品(野菜、果物など)は十分に洗浄し、食材はなるべく加熱調理(85℃以上で少なくとも1分間)する。
○  調理器具、容器は清潔に保つこと。とくに下痢症が流行しているときは、食器の使いまわしは避ける。

2)有症者用トイレを管理する

○  屋内の女性用トイレなどを、性別によらず有症者用のトイレとして限定し、他の人が使用しないように隔離する。
○  流水と石鹸による手洗いを徹底。小便、食事前の手洗い、歯磨きなども、この隔離された有症者用トイレに限定する。嘔吐するのも(可能な限り)このトイレ内でと呼びかける。
○  このトイレは徹底して水洗いによる清掃を続ける(1日2回以上)。ドアノブ、蛇口など直接手が触れる可能性のある場所については、次亜塩素酸ナトリウム(ハイターなど)を600ppmに薄めた溶液をペーパータオルなどに染み込ませて清拭する。
○  乾燥した便や吐物が飛散しないよう、なるべく湿潤な環境とし、とくに床面を乾燥させない。
○  トイレのドアはなるべく閉めておく。外側の窓は空けてもよいが、空気が屋内に流れている場合には閉めた方がよい。

【ヒント】 600ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液の作り方、使い方
 500mlのペットボトルを準備します。ペットボトルのふた1杯(5ml)のハイター(次亜塩素酸ナトリウム6%)をペットボトルにいれて、残りを水で満たしたら600ppmとなります。この溶液を扱うときは、できるだけ手袋をしてください。もし、溶液が手に直接ついてしまった場合には、流水でよく洗ってください。

3)適切に吐物を処理する

○  吐物を認めたら、乾燥する前になるべく早く処理をすること。
○  処理をはじめる前に、処理にあたる人以外の方を遠ざける(3メートル以上)。
○  処理にあたる人は、できるだけ手袋・マスクを着用する。
○  吐物のなかのウイルスを飛ばさないように注意しながら、ペーパータオルなどで静かに拭きとる。
○  吐物で汚染された場所を、600ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液でひたすように拭き、その後、水拭きする。
○  使ったぺーパータオルなどはビニール袋に入れ、しっかり閉める。ビニール袋のなかに、廃棄物全体が湿るぐらいに600ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液をかけておく。
○  作業が終わったら、流水と石鹸による手洗いをしっかり行う。
○  可能であれば、この作業は、4)で述べる免疫のある方が行う。

4)適切に汚染された衣類を洗う

○  便や吐物で汚れた衣類は大きな感染源となるので、他の衣類と一緒に洗わないこと。
○  洗う人は、できるだけ手袋・マスクを着用する。
○  バケツなどで、汚れた衣類を水洗いし、更に600ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液を半分程度に薄めてように注いで消毒する(ただし色落ちします)。
○  この作業は上述の有症者用のトイレで行うことが望ましい。
○  可能であれば、この作業は、4)で述べる免疫のある方が行う。

5)免疫のある方を活用する

○  下痢など急性胃腸炎を発症し、すでに症状が改善している方は、基礎疾患がある方を除きノロウイルスに免疫があると考えることができる(少なくとも2ヶ月は持続)。
○  避難所の衛生管理における貴重な人的資源であり、有症状者へのケア、トイレを含む避難所内の清掃、リネン類やゴミの取り扱いなどに積極的に協力していただく。
○  下痢がおさまってからも、便中のウイルス排泄は長期に(1週間以上)続くこともあり、流水での手洗いは徹底させる。トイレも有症者用トイレを使用すること。
○  少なくとも症状消失後2週間(できれば1ヶ月)は、避難所の食品の配布や調理に関わらないこと。

6)症状のある方とない方の接触機会を減らす

○  下痢や嘔気などの症状がある方は、どんなに症状が軽くとも、避難所内を歩き回らないように心がける。とくに、テレビのリモコン、ライトのスイッチ、ドアノブ、掲示物などの共有物を触らないようにする。
○  症状のない方は、屋内の男子用トイレや屋外の仮設トイレなど、その他のトイレを使用し、前述の有症者用トイレを使用しないようにする。
○  症状のない方も、症状のある方と同様に、避難所内を不必要に歩き回らないようにする。また、テレビのリモコン、ライトのスイッチ、ドアノブ、掲示物などの共有物を触った場合には、できるだけ流水で手を洗う。
○  症状のある方と会話をしたぐらいでは感染しないので、過剰に排除しないようにする。

■  おわりに

 以上、避難所における感染対策について、比較的厳格な考え方で解説しました。

 さらなる感染対策を試みるならば、上述の有症者用トイレに近いエリアを「有症者世帯エリア」として空間隔離するという方法もあります。つまり、症状のある方のいる世帯を集合させ、それ以外の世帯と分離するということです。避難所内でモザイク状に有症者が寝起きしているよりは、感染拡大の速度を遅くできるかもしれません。

 しかし、感染症医の立場から正直に申し上げると、あらゆる厳格な対策を試みたとしても、拡大の速度は遅くなるにせよ、一緒に寝起きしている限り感染を確実に回避することは困難だと思います。限られた(空間的、物質的)資源を浪費するよりは、乳児など感染させたくないハイリスク者を避難所外へ移動させることを考えた方がよいかもしれません。

 有症者を分けるという感染対策が避難所の団結を阻害したり、有症者を出した世帯に対する偏見を招来することがないよう、避難所の担当者の方は注意してください。避難所において、対策と称して有症者を分離し、そして恐れ、支援の手が疎かになるとすれば、それは明らかな対策の失敗です。ここに書いた私の本意でもありません。

 怒涛の勢いで侵攻してくる病原体を前にして、人間様がバラバラでは勝ち目はありませんよね。団結とは、感染対策における最優先事項でもあるのです。ウイルス性胃腸炎への感染対策は、平時の医療機関においてすら困難なものです。現場の方々は、ほんとうにご苦労されていると思います。ここで私が書いたことが少しでも参考となるとすれば幸いです。

高山義浩(沖縄県立中部病院)

2011年3月19日

被災地に対する医療支援の考え方 

 報道では、津波が直撃した高度被災地の映像が繰り返し流されています。しかし、壊滅的な被害を受けた地域のみならず、その周辺では、多くの医療機関が通常の診療体制を維持できずに苦しんでいると思います。

 専門性の高い支援チームによる緊急援助だけが、いま被災地で求められている活動ではありません。医師や看護師のみならず、薬剤師、栄養士、一般のボランティアなどが必要とされているはずです。

 ここでは、災害後の時系列にしながら、どのような被災地の医療支援が求められているか、求められることになるか、私の個人的な経験に基づき考えてみたいと思います。

 なお、憶測で支援活動を開始するのは厳に慎みましょう! かならず現地の医療機関、ボランティアセンター、地域医師会、行政機関に問い合わせ、ニーズがあるかの確認をしてください。そして、支援者は交通手段、および衣食住について自己完結できる装備で現地入りすることが原則です。決して、現地のリソースを浪費しないこと。かつ、ヒットアンドアウェー方式、つまり支援を終了したら速やかに被災地を離れることが基本です。

■ 発生直後から5日後まで

 災害直後の超急性期においては、現地病院、診療所の機能を破綻させないための物理的支援が求められます。最低限の医療機器を動かす発電機、夜間での診療を可能とする小型投光機があれば、日暮れた後でも、負傷者が殺到する救急外来を維持することができます。おそらく5日目までは外科系の患者がメインだと思います。つまり、ひたすら縫合できる医者が必要です。

 また、入院患者を抱える医療機関では、病院食を持続的に提供できるかどうかが存続のカギとなります。ライフラインが断絶している場合には、飲料水、そしてプロパンガスとコンロにより基本的な調理ができるような支援が必要です。

 こうした状況では栄養士の知識が必要です。ありあわせの支援食材で、入院患者ごとの病院食(たとえば低カリウム食、潰瘍食など)を工夫しなければならないからです。多くの支援食材には、保存性を優先した塩分が高めのものが多いようです。肝障害、心不全、腎不全などの患者むけ特殊食材については、ピストン輸送で支援することも考えてください。

 透析患者や糖尿病、心不全などの重症患者については、被災地では管理できないかもしれません。こうした診療が可能な医療機関への転送も検討すべきだと思います。

■ 6日後から14日後まで

 6日を経過すると、続々と医療支援チームが到着しはじめ、各自治体行政の災害対策本部ですら、医療支援の全体像がつかめなくなります。発生当初とは異なる意味での混乱がはじまります。

 日本赤十字社(以下、日赤)らを中心とした大手の医療支援チームが集合し、地元の医師らと活動状況を交換して、受診者数の動向や症例提示を行うようになるでしょう。このころになると遊軍型の支援活動は、ときに混乱を助長する可能性があるので注意してください。ある程度、あなたが継続的かつ組織的に活動することができているのなら、独自の立場で支援者会議に参加することも可能ですが、地元の医療機関や大手の支援団体の一部になるよう心がけるべきです。あなたの活動を行政やボランティアセンターが把握していることを常に確認してください。

 各地で、日赤が被災地医療において指導的な役割を果たしていることに違和感を持たれる方もいるかもしれません。日赤は「日本赤十字社法」という法的根拠があって行動しており、同法33条に「国の救護に関する業務の委託」というものがあり、非常災害時における国の行う救護に関する業務が日赤に委託できることになっています。あるいは「災害救助法」では、「政府は日本赤十字社に、政府の指揮監督の下に、救助に関し地方公共団体以外の団体又は個人がする協力の連絡調整を行わせることができる」(第32条の2第2項)とされています。つまり、行政システムの空白期間には、日赤が業務を代行したり、施設の整備をすすめることが認められているのですね。もちろん、日赤が支弁した費用を国が補償することにもなっています。

 この他、日赤は「災害対策基本法」で指定公共機関とされており、国の災害救護事業の一部となっています。日赤が指揮を始めたら、活躍の場を「奪われた」と感じて反発するのではなく(そういう陣取り合戦を好む団体が少なくありません)、日赤を核とした緊急医療支援体制として、地元医師会等も参加したチームワークを形成するよう心がけてください。

 さて、この頃より被災地の医療機関には、定期薬を内服できずにいた慢性疾患の患者が増悪して運ばれるようになります。つまり、内科系の医師にニーズがシフトします。主な疾患は、高齢者の脱水や肺炎、小児や成人の喘息発作、糖尿病や心不全の急性増悪などが予測されます。この傾向は、地域の医療機関が復興し、主治医による定期外来診療が再開されるまで継続します。

 さらに、外傷患者の創部感染による全身状態の悪化も多発しはじめます。人手も資材も不十分な被災地の医療機関では管理できないので、診療が可能な医療機関への転送が必要です。事前に、医療機関ごとに後方支援病院を決定しておいた方がよいかもしれません。

 車中泊を続けている被災者(ときにボランティア)が、長時間同じ姿勢で寝続けることによるエコノミークラス症候群(深部静脈血栓症)を発症しはじめます。姿勢のほかにエコノミークラス症候群を引き起こしやすい環境として、乾燥と寒冷があります。つまり、いまの被災地は発症の好条件と言わざるをえません。

 エコノミークラス症候群により静脈内に形成された血栓が飛んで肺塞栓を引き起こすと、呼吸困難と胸痛などの症状が出ます。さらに進行すると、血圧低下、意識消失などを生じ、重症な場合には、そのまま心肺停止します。非常に怖ろしい疾患であり、大切なことは予防です。乾燥を防止し、水分を補給し、休息時にも適度な運動を行うこと。そして、下肢の静脈内に血栓がないかを早めに診断してもらうこと。つまり、この時期には、ポータブルエコー機器を使える技師による被災地の巡回検診が求められます。

 また、混雑したトイレに行かずにすむよう水分制限をしている避難者が多いことにより、尿路感染症の患者も多発しはじめます。これを予防するため、とくに女性向けのトイレゾーンの設置と衛生状態の確保が急務です。

■ 15日後から1ヶ月後まで

 多くの地域でライフラインは復旧し、医療体制は平時に近づきつつあります。しかし、それまで高度の緊張状態で仕事をつづけていた現地スタッフが疲労で倒れはじめます。限界状況での判断を続けてきた幹部クラスから、子供を含む多くの被災者の死を目撃してきた医師、看護師、薬剤師、放射線技師、理学療法士、栄養士、ケースワーカー、事務や清掃の担当者にいたるまで、傷ついた心と体を休めることが必要です。

 おそらく自宅は散乱したままで、使命感に従って仕事を続けてきたはずです。彼らに休息をとらせるために、様々な医療の専門性を有する職種や一般のボランティアが、日常業務の代行支援を必要としているはずです。

 緊張状態がはずれ、疲労に気がつく頃、風邪をひく人が増えてきます。また、場合によってはインフルエンザの流行をみるかもしれません。避難所の感染対策については、また別に書いてみたいと思いますが、今から考えておくべきことはワクチンの接種です。とくに基礎疾患のある方々を守るためにも、避難所での生活が長引きそうな方々については、老いも若きもワクチン接種にご協力いただいた方がよいかもしれません。

 あと、当たり前のことなのですが、発熱したボランティアは即刻被災地退場です。とくに、熱を出したまま避難所などにゼッタイ入らないこと。避難所で流行する多くの感染症は「最初はボランティアが持ち込むもの」であることを自戒しましょう。

 また、避難所で生活している高齢者は、寒冷下で毛布にくるまって、ほとんど動かずにいるため筋力が衰え、関節が拘縮(可動域制限を起こす状態)してきます。できれば早い段階からリハビリを開始しておくべきですが、その後、こうした高齢者が寝たきり状態になるかどうかの重要な時期にさしかかります。理学療法士、整体師、ヨガなどの専門家が多数必要になってきます。

 新潟県中越地震のとき、小千谷市の保健師らが震災後3週間の時点で実施した被災者約1万7千人の健康状態調査では、234人が健康相談など何らかの支援が必要と判断されています。そのトップは「心のケア」で41%で最も多く、健康相談(27%)、医療機関の受診(25%)、食事・トイレなどの介助(18%)と続いています。自覚症状では不眠や憂うつ、意欲低下など精神的な症状が目立つという結果でした。

 つまり、この時期には、孤立した被災者がうつ状態にないかを確認することが必要です。周囲が復興し、家族と再会し、新たな生活の目途が立ち始めるなか、一部の方は焦燥と絶望を行き来しているかもしれません。こうした被災者の自殺を予防することも含め、避難所などでの声かけ、話し相手が求められるようになります。

 ただし、災害の記憶を引き出させるような話題は避けるべきです。災害のたびに重ねられている失敗だと私は思っていますが、「小児の被災者に災害の絵を描かせるのは禁忌」です。記憶を固着化し、PTSDへと誘導すると言われています。こうした治療法(ポスト・トラウマティック・プレイセラピー)が臨床心理士によって行われることはありますが、あくまでトラウマ化している小児に対する専門的なアプローチであることをご理解ください。

 小児については、忌まわしい記憶を忘却することが可能なので、ボランティアレベルでの支援介入では「思い出させないことが重要」なのです。メディアも含めて、災害の体験を子供に語らせたり、描かせたりしないようにしてください。

 高血圧などの慢性疾患をもつ中高年の方々は、明らかな症状を認めていなくとも、「血圧が高いのではないか」、「血糖値が不安定なのではないか」、「不整脈が出ているのではないか」といった、漠然とした健康不安を抱えながら家の片付けなどに追われていることが多いものです。避難所などを医師や看護師が定期的に訪れて「体調を見守ってさしあげる」ことは、震災後の様々な不安のなかで「ひとつの安心」を提供する活動となると思います。

 ただし、巡回診療で血圧などを測定して「ちょっと高いですね」と事実だけを伝えて、そのまま何もしないのであれば、単に「不安を助長する活動」にすぎませんね。私は、症状のない被災者の血圧や血糖を測定するのは反対です。基本的には健康不安への傾聴とアドバイスを行ない、とくに希望があれば血圧を測って差し上げればよいでしょう。

 避難所を対象とする巡回診療の重要な役割は、かかりつけの診療所や病院の再開を告げることだと思います。ですから、地元保健師らと連携しながら各医療機関の復興状況について情報収集をこまめに行い、医療が復興しつつあることの広報が必要な時期と言えるでしょう。地域の保健医療資源を把握し、今後の地域医療の担い手となるのは、やはり地元の医療機関です。被災地医療支援の最終的なゴールとは、患者さん一人一人を安心した気持ちのまま、かかりつけ医へと誘導することですから…。

■ 1ヶ月後以降

 震災から1ヶ月が経過すると、避難所も救護所も縮小されはじめるでしょう。そして、被災地の医療は緊急支援より地域主体へと引き継がれる段階となります。

 ただし、復興の足取りは弱者の歩幅というよりは、むしろ強者の論理でことが進められがちです。また、問題にフタをすることで、災害の現実から逃避しようとするメンタリティが働くことも多いと思います。実際、平時の介護現場ですら、家族が「うちは大丈夫」と言っていながら、奥の部屋で高齢者が厳しい状態に置かれていることが珍しくはないわけで…。

 過去の災害事例を振り返ると、行政は避難所の閉鎖を思いのほか早く進めるという印象が私にはあります。復興を急ぐ空気と追いつけないでいる被災者、とくに高齢者の方々を長期で関わるボランティアは代弁することができます。ただし、彼らを抱え込むのではなく、行政と連携して地域の医療や福祉のなかに居場所を探してさしあげるようにするべきです。少なくとも、地域医療の担い手となりえない外来ボランティアの手に委ねられるものではないですね。

 そして、とても大切なことですが、疎かになり後味を悪くしてしまう問題があります。それは、引き際の問題です。あらゆる支援活動は、開始する段階で支援終了の目安を設定しておく必要があります。それは、被災地の医療機関の復旧状況や避難所の人数などが指標となるかもしれませんね。

 ただ、被災地の状況は刻々と変化するため、ボランティアは自らの活動に耽溺せず、地域全体の状況について把握しておく必要があります。そのためにも、自治体や医師会などと連携をとりながら、地域の復旧状況を逐次確認し、また他の支援団体の動向にも目を配っておきたいものです。どのような援助も、長期化すると現地のシステムに組み込まれ、依存関係を生み出す恐れがあります。漫然と支援活動が継続しないように配慮すべきですね。

■ おわりに

 テレビ報道をみていると、専門的な災害医療を背景としたチームばかりが活躍しているように見えるかもしれません。瓦礫の下の医療であるとか、多数の負傷者を前にしたトリアージ技術といったイメージが先行しがちですね。でも、こうした専門性の高い災害医療とは被災直後(およそ72時間以内)の特殊な状況において求められるものです。国内外の被災地支援に関わった経験から申し上げますが、時間的にも空間的にも圧倒的に求められていたのは、被災地の病院・診療所において平時と変わらぬプライマリケア・サービスを安定して提供できるよう支援する活動でした。

 支援を躊躇する理由はありません。あなたにもできることがあるはずです。ただ、大切なことは現地のニーズをきっちりつかみ、「支援したい」という自らのニーズに溺れないことですね。ここで私が書いたことも、イメージの一助に過ぎないことをご理解ください(あらゆる被災地は刻々と変化しながら助けを求めています)。おおよその震災医療支援の流れをつかんでいただいたら、まずは友人のつてなどを利用して、あるいは支援活動団体などに申し込んで、あなたならではの支援をはじめていただけることを期待しています。


さらなる理解のために(参考となる文献):
1) 田中良樹:被災現地の災害医療と避難所医療.治療 84(4): 1286-1291, 2002. <神戸震災の経験から災害時の医療ニーズについて整理されている>
2) 山本義久:大災害時の情報収集と医療.治療 84(4): 1317-1320, 2002. <大災害時の医療情報収集の手段としてインターネットの有効性を紹介している>
3) 石井昇:災害医学教育の現状と課題.救急医学 25(1): 85-90, 2001. <わが国の災害医学教育の現状と問題点を指摘し、具体的な教育方法について提言している>
4) The Sphere Project. 2004/アジア福祉教育財団難民事業本部:スフィア・プロジェクト-人道憲章と災害援助に関する最低基準.アジア福祉教育財団, 2004. <多くの援助機関の経験に基づき作成された災害援助の国際的イニシアチブ>
5) 高山義浩 : 新潟中越地震におけるプライマリ・ケア支援活動 . Journal of Integrated Medicine 15(8) : 662-664, 2005. <筆者による震災地域における医療支援活動についての報告と検討>

高山義浩(沖縄県立中部病院)

2011年3月17日

避難所の高齢者を支援する際に知っておくと役に立つ10のポイント

1.コミュニケーションの取り方を工夫します
眼鏡や補聴器を付けているか確認し、大きな声ではっきりと簡潔に話します。聞きとれて理解できたかどうかの確認も必要です。

2.転倒に注意します
住居スペースに転倒の可能性があるようなものが落ちていないか、階段や廊下の照明は十分か確認します。必要に応じて歩行を介助します。

3.見当識障害を予防します
部屋に時計やカレンダーを備えたり、使い慣れたものを置く、部屋はできるだけ静かに保ち、柔らかい光の照明を設置するなど、見当識障害が起こらない工夫をするようにします。

4.慢性疾患と食事の問題を確認します
処方薬を内服しているか、食事療法が継続できているか確認し、必要な治療が継続できるようかかりつけ医と連絡を取るか、または新しい担当医を探します。家族と離れ離れになった場合に備えて、処方薬と食事療法の内容が書かれたメモを持たせるとよいです。

5.大切な人を亡くした悲しみに寄り添います
悲しい気持ちを受容してそばにいてあげることが大切です。 

6.できる限りのことはしていただきます
自立した生活が脅かされることを恐れています。自立と威厳を保つために自分のことは自分でさせます。

7.福祉のお世話になることを恥だと考える傾向があります
支援を受けることを拒否する場合は、自身が払った税金からの援助であることを説明してみます。

8.衣服の着替えや入浴の状況を確認します
 衣服を着替えたり、入浴がおっくうになります。衛生状態を保つためにも必要です。

9.脱水を予防します
水分をとっているか、脱水の兆候(落ちくぼんだ目、口や皮膚の乾燥)はないか気を配ります。若者と比べてのどの渇きを自覚しにくく、また薬の影響で、脱水になりやすいので、要注意です。食事の他に1リットルは水分が必要です。

10.困っていることがないか気を配ります
家族や医師に困っていることを話さず、自分で解決しようとする傾向がありますので積極的に声をかけます。

担当:末廣有希子、和田耕治