復旧・復興作業に携わる者のための呼吸用保護具(防護具)の適正使用に関する現地特別セミナー(石巻)第2回 報告書
太田寛1,2、矢内勝3、外山尚紀4,5,6、金成千鶴1,7, 長瀬仁1,8、榮留富美子1,9
1) フィットテスト研究会
2) 北里大学 医学部公衆衛生学
3) 石巻赤十字病院 呼吸器内科
4) NPO法人 東京労働安全衛生センター
5) 中皮腫・じん肺・アスベストセンター
6) 厚労省「東日本大震災の復旧工事に係るアスベスト対策検証のための専門家会議」委員
7) 医療法人 永寿会 恩方病院
8) 小牧市民病院
9) 自衛隊中央病院
1.開催概要
日時:2011年6月18日(土曜日) 13時~16時30分
会場:石巻赤十字病院 2階 会議室
主催:フィットテスト研究会、石巻赤十字病院
共催:日本産業衛生学会医療従事者のための産業保健研究会
協力:スリーエムヘルスケア、興研株式会社、株式会社重松製作所、柴田科学株式会社、株式会社日本イーライリリー
2.セミナー報告
1)はじめに
今回の東日本大震災は、地震と巨大な津波を伴ったことにより、未曾有の災害となり、沿岸部は破滅的な状況、そして多くの方々が避難生活を余儀なくされている。
今回、セミナー前日に石巻に入り、東京労働安全衛生センターの外山尚紀氏のアスベストの環境調査に同行させて頂いた。石巻や女川の町や商業高校脇の一次仮置き場周辺は、粉じんが舞い、臭いも漂い、無数のハエが飛び交っていた。場所によっては、目が痛くなるところもあり、がれきに含まれる人体に有毒な物質などが、気温の上昇と雨により、より悪影響を及ぼすことになるのではないかと危惧する。マスコミによると、宮城県は東日本大震災で発生したがれきの撤去を進めるために、二次仮置き場の設置場所を5ヵ所に決定したようである。そして、この1年間に県内から排出されるがれきの総量は、一般廃棄物(ごみ)の約23年分に及ぶとも言われ、今回の震災で発生した災害廃棄物の総量は1500万から1800万トンと推計されている。現在、市町村が設置している一次仮置き場に集められ、今後、二次仮置き場に廃棄物を運搬し、可燃物の焼却や破砕処理を行うこととなり、多くの粉じんが舞うであろう。
劣悪な環境の中、がれき作業に関わる方々や地域の住民にも呼吸用防護具の必要性を伝えていくことが重要である。
今回の第2回セミナーは、第1回セミナー後、矢内勝呼吸器内科部長や第1回セミナー参加者の様々な思いを検討した結果、この時期に被災地のニーズをうけ、関係者の熱き思いから開催することとなった。第1回セミナー当日の夜もNHKニュースでは、粉じんに対する防護の必要性が報道され、そのニュースを見た一般の人から反響もあった。また、地元新聞「河北新聞」にも掲載された*1)。今後も復興・復旧作業が続けられる中で、呼吸用防護具のセミナーを必要とする方々がいる限り、粉じんやアスベストの危険性や呼吸用防護具の重要性を継続的に注意喚起していくことが必要である。また、フィットテスト研究会としてさらに研修の内容を精選して、セミナーを継続していく必要があると考える。
2)セミナーの目的
- 震災復旧・復興作業に従事する人々に必要な呼吸保護(肺や気管を守る)の重要性について学ぶ
- 震災・津波に関連して発生している呼吸器系疾患の発生状況などについて学ぶ
- 呼吸用保護具の正しい使用法を理解し、実践する知識を得る
- 復旧・復興作業に関わる際に必要な、粉じん対策などに関連した呼吸保護の課題について、意見交換を行う
3)セミナー参加者
現地で活動するNPO所属のボランティア、診療所の医師、現地高校養護教諭、石巻赤
十字病院の医師・看護師など、約15名が参加した。
4)セミナーのスケジュール
<前半:講義・トピックス> 1300-1430
- 地震・津波、復興支援における呼吸用保護具の重要性
(太田寛、北里大学 医学部公衆衛生学) - 現地の状況から (阿部雅昭、石巻赤十字病院企画調整課)
- 被災地で活動した人を診察して
(矢内勝、石巻赤十字病院呼吸器内科) - がれきの中にみられるアスベスト含有建材の具体例等
(東京労働安全衛生センター、外山尚紀) - 震災現場で利用されている呼吸用防護具紹介と基礎知識
<後半:マスクの正しい使用方法の実習>1450-1630
- 3つの班に分かれ、使い捨て防じんマスク、取り換え式呼吸用保護具などの着用実習と、呼吸用防護具(DS2/N95 マスク)の適正な使い方の習得
- 質疑応答、意見交換(15 分)
5)セミナー内容
本セミナーも、主催者である石巻赤十字病院呼吸器内科の矢内勝氏の挨拶から始まった。震災・津波後3か月が経過した被災地では、粉じん対策の重要性がさらに増しており、呼吸用保護具は肺や気管を守るためにも重要であり、今回のセミナーを開催し、使用法を学ぶ意義を強調された。
<前半>
1. 北里大学 医学部公衆衛生学 太田寛氏による「地震・津波、復興支援における呼吸用保護具の重要性」についての講義
被災地のがれき撤去時に発生する粉じんの危険性と呼吸器用保護具の必要性や粉じんに混じるアスベストに対しての防護が重要であることを強調した。
厚労省からの2つの通達、「東日本大震災に関わるがれき処理に伴う労働災害防止対策の徹底について」(4月22日)、「初めてがれき処理に従事する労働者等の労働災害防止について」(4月25日)について触れ、厚労省が健康被害を危惧していることを示した。さらに環境省において「東日本大震災におけるアスベスト調査委員会」が設置され、国としてもがれき作業における呼吸器疾患予防の重要性を認識していることについて説明した。次に、サージカルマスクとDS2(N95)マスクの違いを分かりやすく説明したうえで、特に、それらを正しく使用することの重要性について説明した。
そのためには、フィットテストをおこなうことが重要であることを伝え、また被災地で活動する人すべてにDS2マスクが必要なわけではなく、作業のリスクに応じた対応をすることが重要であることを強調した。
2. 赤十字病院企画調整課の阿部雅昭氏による「震災・津波の発災直後の石巻赤十字病院の診療状況、受診者数の推移などについて」報告
発災直後の混乱の状況と、刻々と変わる医療ニーズについてグラフや写真を示しながら報告した。直後には、電気・水道・ガスなどライフラインが途絶し、通常の医療が行えないなかで、いくつかの幸運も重なり、何とか医療を行うことができた。例えば、ヘリポートの場所が屋上ではなく地上に設置されていたことは、エレベーターが完全に使えないという状況では、とても有利に働いた。診療をスムースに行う工夫をしつつ、当時の現場の苦悩を交えての報告であった。
3. 赤十字病院呼吸器内科医師の矢内勝氏による「被災地の拠点病院として呼吸器内科を中心とした動きについて」の報告
地震直後の在宅酸素治療者が停電のために、一時的に石巻赤十字病院にHOTセンターを開設し収容したことについての対応や震災後60日間で、肺炎や気管支喘息など呼吸器疾患で同病院に入院した患者は、前年度同時期の3倍に及ぶ患者数であるなど患者の推移についても説明された。
さらに、地震・津波直後の肺炎の増加、肺炎の原因として3つの可能性を挙げた。1.高齢者の誤嚥性肺炎、2.津波による溺水による肺炎、3.空中の粉じんによる感染性/化学性/アレルギー性の肺炎の3つである。
また、がれき処理などにより発生した粉じんにアスベストが含まれている可能性があり、がれき処理のボランティアや土木作業者が将来、中皮腫などの呼吸器疾患を罹患する可能性があることに強い危機感を表明した。これらの疾患を予防するために、呼吸用保護具の使用や水の撒布等による予防策の必要性について説明した。
5. 東京労働安全衛生センターでアスベストの研究者の外山尚紀氏による「がれきの中にみられるアスベスト含有建材の具体例や対策」の講義
外山氏は、今回の震災に対して環境省が設置した「東日本大震災におけるアスベスト調査委員会」の委員でもある。その中で、アスベストの特徴や危険性を分かりやすく画像で示され、また、第1回のセミナーで参加された現場監督と現地の環境調査のときに出会い、呼吸用保護具や散水などのアスベスト対策を行っていた事例を示し、興味深く聞くことができた。また今回の被災地での環境測定で発見したアスベストの実例や今後も環境省と協力してアスベストの安全な処理を目指しての活動を継続することを報告された。
<後半>
1. マスクの正しい使用方法の実習
DS2(N95)マスクを正しく使用するために、その特徴とフィットテスト、シールチェックについての説明を行った。正しく装着する方法やポイントを協力メーカー及びフィットテストインストラクターより説明を受け、実際に着用する実習を行った。その中で、DS2(N95)マスクには様々な形態や大きさがあることから、自分にあったマスクを使用する重要性について、再認識することができた。正しく使用することで漏れを防ぐことができ、危険な粉じんから自分の身を守ることができることを体験することができた。さらには、粉じんを拡大画像で見ることの出来る装置により、防護すべき粉じんの粒子の小ささを確認し、粉じんが目に見えない様な状況でも防護の必要があることを感じることができた。
2. 質疑応答と意見交換
参加者からは現場でのマスクの使用法が適正でなかったり、「フィットしたマスクを使いたくても限られた品しかなかったりで・・」という声が聞かれた。また、「実際に今使用しているマスクで良いのか?」「この使い方でよいのか?」など不安の声が聞かれていたが、現在使用中のマスクとセミナーで使用のマスクとの違いを体験した後は、「マスクの規格の違いや適正な装着法がわかり、受講して良かった」という感想が聞かれた。
他にも、避難所や商業高校など現場に密着した発言も聞かれ、対処を検討していくこととなった。長期的な健康被害発生の可能性は、被災した自宅をかたづけている一般の人達にもあるため、呼吸器疾患の予防について広く知らせていくことが必要かつ重要である。
5)今後の活動、一般市民への啓発
がれきのかたづけを行っている一般の被災者にも、粉じんに対するマスクの使用が重要であることを認識してもらうことも重要である。
そして、今後は復興に携わる多くの人に伝える必要がある。例えば、ボランティア、警察、消防等である。ボランティアに対しては、事前に東京や大阪などでセミナーを受けたうえで現地入りするような方法を考慮したり、今後は ボランティアの主催者などでも講習会が開催できるようにセミナーをパッケージ化することなどにより、継続して呼吸器保護の重要性と伝えていく方法の検討がさらに必要である。
復興は1日1日の積み重ねである。そして私たちにできることを続けたいと思う。
3.参加したフィットテストインストラクターの感想
1)長瀬仁 小牧市民病院 感染管理認定看護師
私は本セミナー前日、労働安全衛生センター外山尚紀先生と石巻市内のアスベスト調査に同行し粉じんやアスベストの飛散を目の当たりにしてきた。被災地の瓦礫は徐々に撤去されているが、その瓦礫は集積場に山積みされていた。その横にある学校の生徒は学校生活時間においてマスクの着用が欠かせない。粉じんやアスベストによる健康被害は10~20年後に現れるので、今できる呼吸用防護具の暴露予防が必要であると感じた。被災地での本セミナーはとても重要であるため、私はこれからも活動を支援し復興作業による健康被害が減ることを願う。
2)金成千鶴 医療法人 永寿会 恩方病院 感染管理認定看護師
今回、環境調査と特別セミナーに参加し大変貴重な経験をしました。被災地に入ると作業による粉塵が舞っており眼や喉が痛くなる事がありました。その中で作業している方々やボランティア・瓦礫の傍で生している人々の健康を考えるとマスクの適切な防護具を選択する事や適切に使用することの重要であることが実感されました。
セミナーでは「実際に使用しているマスクで予防がきちんとできているか?どの様に装着したらいいのか?と不安でした。」などの声がきかれ、演習でマスクの適切な使用方法を体験してもらうことで不安が解消されたとのことでした。
これからも、被災地での作業にあたる方々やボランティアの方々又そこでの住民の方々へのマスクの必要性や適正使用法を伝授していかなければいけないことだと感じます。
復興にはまだまだ時間がかかると思われますが、一日でも早く復興出来る事をお祈り申し上げます。
図1 講義(サージカルマスクとDS2(N95)マスクの違いについての説明)
図2 協力メーカー及びフィットテストインストラクターによる実習
図3 商業高校の脇の一次仮置き場周辺 図4 粉じんの舞う中の環境調査
図5 女川町の現在の様子 図6 女川町のある建物のアスベスト 図7 環境調査測定器
参考資料 *1)地元新聞の「河北新報朝刊 2011.06.19.」
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