2011年5月1日

災害時の有害化学物質対策と産業保健チームの役割~フィットテスト研究会の取り組みから~

財団法人労働科学研究所 研究部 吉川徹

 災害時の有害化学物質対策においては、1)日常からの緊急事態への備えと、2)災害発生時の臨機応変な対応とがともに重要でことが大切であると確かめられてきた。特に最近では、阪神淡路大震災以降の様々な経験から災害時の有害物管理の重要性が地域防災計画や企業の防災対策のなかで広く知られるようになった。地震により建造物が破壊され瓦礫の撤去作業時には相当量の粉じんや石綿線維(アスベスト)が飛散し、労働者や住民の健康に悪影響を生じる[1]。また、ガソリンスタンドなど火災・爆発リスク、被災地の化学工場等の有害化学物質の環境への漏えいリスクなどの大規模災害(Major hazards)への備えがともに重要であると様々な対応策が行われてきた[2]
 環境性の健康危害要因は、職業性の健康危害要因と同様に生物学的、化学的、物理的、生体力学的または心理社会的な性質を持っている。環境性有害要因は不十分な衛生設備や住居といった伝統的なものと、農林水産業や工業よる空気、水、食物、土壌の汚染を含んでいる。これらの危害要因は大災害によってもたらされる直接的な影響から、慢性的な影響(メチル水銀による水俣病、アスベストによる中皮腫など)は何十年も社会の負担として残っている。日常への備えと災害発生時の臨機応変な対応が重要である。
1.災害時の有害物対応
 有害物質(医療系廃棄物、アスベスト、PCB等)の所在を確認し、それぞれの適正処理に努める。放棄された不安全な有害廃棄物処理。2011311日に発生した東日本大震災では、腐敗物への対応を優先し、市中と往来から速やかに排除、もしくは腐敗を遅らせる措置(石灰散布など)をとること進められている。また、有機溶剤、鉛化合物、四アルキル鉛化合物、発がん物質など約100種類については、例えば有機溶剤に関しては有機溶剤中毒予防規則のように、その物質に応じてそれぞれ健康障害の防止のための対策等を定めた規則がある。災害地域ではこれらの情報を手掛かりに、かつ実際的な取り組みを進めることが必要であり、現地リソースは復興時期によって変化することから、臨機応変な対応が必要である。
2.フィットテスト研究会の取り組み
 フィットテスト研究会は、呼吸用防護具の正しい使用法を普及するために2010年に設立された研究会であるが、319日は第2回のフィットテストインストラクター養成講座が予定されていた。しかし、東北地方太平洋沖地震が311日に発生したことから研究会メンバーで急遽相談し、特に粉じん・アスベスト対策として緊急に知見を整理し、周知を進めるため、2011319日に、日本産業衛生学会等の後援を得て、日本保安用品協会、産業医学推進研究会からの協賛を得て、緊急特別セミナーを開催した。セミナーでは医師、看護師、都市防災専門家、ライフライン・物流関連企業、検疫官、NPOや保護具メーカーの専門家等の意見をもとに。復旧作業に従事する人や管理者が知っておきたいほこり(粉じん)・アスベストに関する7つのポイント」を作成し、ウエブ上などで公開した。本セミナーの特筆すべき点は、メーカー3社、測定機器メーカー1社の協力を得て実施できた点である。防じんマスクの正しい装着方法やフィットテストの演習を実施したことも、災害時のネットワークつくりの好事例と感じた。なお、フィットテスト研究会では防じんマスクの提供を南三陸地区・気仙沼地区で行うと共に、4月上旬に現地調査の実施し災害時の呼吸用防護の重要性の周知に取り組んでいる。
3.311日の震災を機に
 未曾有の災害に直面して国民が覚える不安感は、直面するリスクに関する正確な情報が、必ずしも的確に伝達されていないことに起因することが少なくない。たとえ深刻な情報であっても―むしろ深刻な情報であればあるほど―正確に国民に伝えられるべきものである。そうであればこそ、事態の深刻さを冷静に踏まえた適切な行動を求める呼びかけは、人々を動かす力となると考える。有害化学物質に関連した対応では、産業保健には正確な情報を発信し、適切なリスクコニュにケーションが行われるために多くの役割がある。日常の備えで蓄積した産業保健の知と、産業保健チームで取り組む臨機応変な対応で、災害時の危機を乗り越えたい。

1) 中地重晴 被災地のアスベスト汚染の現状と教訓 労働の科学 1995;50(12):23-26.
2) 吉川徹、初見智恵、渡辺真弓、和田耕治.海外便り:セベソを訪ねて-欧州環境保護運動の歴史の地から学ぶもの-.労働の科学. 200762(1):46-50.


[1] 中地重晴 被災地のアスベスト汚染の現状と教訓 労働の科学 1995;50(12):23-26.
[2] 吉川徹、初見智恵、渡辺真弓、和田耕治.海外便り:セベソを訪ねて-欧州環境保護運動の歴史の地から学ぶもの-.労働の科学. 200762(1):46-50.

0 件のコメント:

コメントを投稿