2011年5月8日

集団を対象とした公衆衛生対応について知っておきたい5つのポイント

書籍用の原稿で、図表が入っておりませんがご参考まで。書籍は5月末に中外医学社から出版予定です。

はじめに
わが国は地震、津波、台風、洪水など様々な自然災害を経験し、乗り越えてきました。災害の原因やその程度、そして地域によって状況は異なりますが集団を対象とした公衆衛生対応はある程度一般化されます。本稿では、保健医療従事者が被災地で支援するにあたり知っておきたい公衆衛生対応の5つのポイントを紹介します。

1.健康を確保する要素は、食料や水、環境、公衆衛生、医療でピラミッド型になる
 集団の健康を確保する要素は、図1のようなピラミッド型で表されます。生存のための食料と水、そして生活のための水やトイレ、住む場所などの環境の確保を土台とし、さらに公衆衛生と医療のリソースをバランス良く確保します。
 食料や水の確保については、最低限必要な量の目安を数値で表してみると1万人に対して1日あたり食料は5500Kg (一人当たり平均2100Kcal程度、穀物400g、野菜50g、油25ml)、水は20万リットルです。地域におけるロジスティクスや適正な配分も大きな課題です。環境面の確保の詳細は本書の2章や6章などで取り上げます。
 公衆衛生対応は日本では保健所や行政機関での対応が期待されますが、被災地の保健所や行政機関も被害にあっている可能性があり、被災していない地方自治体や、医療支援に入っている医師や看護師などの参画が求められます。その際にも適正な医療従事者の配置が求められます。戸別訪問は訪問時間や休憩時間などを考慮すると1日あたり1人の保健師の対応できる人数は30人が目安です。
 医療は、1日あたりの外来対応できる人数は看護師50人、医師40人が目安です。災害直後はそれ以上の対応が求められますが、人員の配置の計画を立てる際には、休息や追加の教育なども必要であることを考慮します。現地の医療従事者などは被災しながら仕事をし、休みもとっていないことで疲労が蓄積していることもありますので休めるような支援も必要です。また医療の確保においては、カルテを作成したり、物品の管理をする事務や、薬剤師、交通整理をする警備関係の方など様々な人の配置が必要です。
 医療のニーズとしては、平時のわが国において(患者調査より)は、10,000人の人口において100(1%)が入院しており、600(6%)が慢性疾患や歯科治療などなんらかの理由で医療機関の外来を受診しています(発展途上国の災害において算定する場合には外来は1%とするなど状況は異なります)。急性期には外傷の患者が一時的に増えますが、基本的な医療ニーズを検討する際に考慮し、それに応じた医療従事者の計画配置を行います。

2.時期に応じて必要な支援が異なります
 災害後は超急性期、急性期、亜急性期、慢性期の4つの段階に分けられ、それぞれに求められる対応は異なります。表1に段階ごとに求められる活動を示しました。
 災害の直後は、現地の医療機関での負傷者のトリアージ、後方医療機関への搬送、そしてDMATなどの外部からの支援より一人でも多くの負傷者を救命することが目標となります。
 48時間以降は、軽症の外傷治療、重症患者への集中治療が行われます。また妊婦や乳児、透析患者、インスリンを必要とする患者のようなハイリスク患者への対応が求められます。この時期から復旧が始まりますが、感電、事故、発電機による一酸化炭素中毒などの二次災害の予防の啓発をし、新たな被災者を出さないようにします。
 1週間以降の亜急性期になると、避難所などの衛生環境の悪化や、感染症の拡大、被災者の間で疲労など新たな健康問題が発生します。また、避難所のばらつきや支援が必要な人を漏れなく把握するための調査などが必要です。さらに、慢性疾患の内服薬(高血圧、糖尿病など)の処方などプライマリ・ケアが重要になってきます。避難所のばらつきを減らし、向上にむけた支援が必要です。
 4週間以降の慢性期に入ると、仮設住宅の建設と提供が始まります。生活の安定化や雇用対策、そして医療はある程度は基幹病院の建て直しが行われ、公衆衛生対応が中心となります。公衆衛生対応は保健所などだけが行う訳ではなく、医師、保健師、看護師が普段からの技術や経験を生かしながら、個人から集団へ視点を移した活動が期待されます。
 図2には災害時の集団の心の動きを示しました。災害直後からしばらくは“ハネムーン期”と呼ばれるようにコミュニティの結集や外部からの支援などの思いも高まります。しかし、次第に幻滅期と呼ばれるように被災者の疲労がたまり、外部からの支援も関心が薄れることで全体的に下がってきます。こうしたことを踏まえて長期的に心の動きを下げないようにするような取り組みも必要です。

図2.災害時の集団の心の動き

 
3.情報収集を行い意思決定に活かします
 情報は様々な意思決定のために必要です。平時より収集している地域の人口の特徴から特に要介護認定者、障害者などの数や場所を参考にします。その他に災害に関連して様々な意思決定に必要な情報を表2に示しました。これらのデータを集めるのは、医療従事者だけでなく様々な人の協力が必要です。また、集められたデータを意思決定に反映できるように入力し、管理する人も必要です。できるだけ統一したフォームを用いるなどして現場の負担を最低限にするようにすることも求められます。様々な研究も行われる可能性がありますので連携するなどして被災者に負担をかけないようにします。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
表2.災害後の1週間に求められるデータ
1) 1から2日目
 緊急な救援活動に必要な情報
・受傷者(数、外傷の分類、重症度)
・死亡者数
・地域のライフラインの状況(水、下水、電力)
・医療機関(建物、機能、仮設の建物の必要性、医療支援の必要性)

2) 3から6日目
  次に治療が必要な人の情報(通常95%以上の重症患者はこれまでに治療を受ける)
・さらに死亡や受傷につながる危険有害要因の存在と可能性
・災害による二次被害や復旧作業による受傷(火災、感電、有害物質への曝露)
・プライマリ・ヘルスケアの確保とアクセス
・食料、水、トイレ、避難所、電気のニーズ

3) 6日目以降
・疾病と傷害の状況
・多くの人が避難所などにいる場合は感染症のアウトブレイク(医療機関や医療従事者から収集)
・医療機関のインフラの状況、医療従事者の数、医薬品の確保
・水の質や量、避難所の衛生面、入浴、ごみの状況
・蚊、ハエ、ネズミなどの衛生動物の状況

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
Landesman LY. Public health management of disasters. American Public Health Association, 2011を元に作成

4.多様な公衆衛生活動を手分けして行います。
 すべての災害に共通して表3に示すような公衆衛生活動が求められます。その他に災害の個別の対応がありますが表4に地震を取り上げました。これらの活動を進めるために、対応可能な地域や外部からのリソースをコーディネートすることが求められます。

>>>>>>>>>>>>>>

表3.災害後すぐに求められる10の公衆衛生活動
・感電、溺水、一酸化炭素中毒などの二次災害の予防
・衛生動物のコントロール(へび、虫、ねずみなど)
・安全な水と食事の確保
・地域の公衆衛生体制(組織、人員)の立て直し
・水、下水、ごみなどのニーズ評価
・最も影響を受けやすい集団を特定する(子ども、高齢者、慢性疾患の患者、障害者など)
・必要な支援を外部に要請
・医療の立て直し
・有害物質の管理
・片付けの際の注意に関する啓発
(例:適切な靴、防護具の使用、感電防止など)

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

表4.地震の際に追加で必要な公衆衛生対応
・どのような建物に被害があり、その地域にどのくらいの人がいるのかを特定
・メディアを通してけがなどの予防策を伝える
 例:機械やガスの電源を切る、有害物質やガラスへの注意、安全な水と食料の確保
・急性期の治療が必要な人へ治療の提供
・慢性疾患の治療が中断している人へのケア
・けがをした人、感染症の患者、飲料水、トイレやゴミの状況について調査し、定期的にフォロー
・必要なワクチン接種(破傷風、麻疹など)を決定し、有効な配分を行う
・環境において有害物の漏出など危険な場所を特定し、対応する
・捜索・レスキューチームに依頼して情報を集める
 例:被害を受けた建物の場所、破損の程度、ホコリ・火災・有害物質の存在、被災者のいる場所と受傷の程度、連絡方法など
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<

5.すべての働く人の健康と安全を守ることが復旧・復興において不可欠です。
 被災者も、支援に入る保健医療従事者やボランティアもすべての人が自分自身の健康と安全を守らなければなりません。災害現場では想定外のことがいろいろとおきます。けが、交通事故、感電、有害物質へのばく露、感染症、そして疲労などがあります。被災地においては特に、行政の職員や医療従事者は求められることも多く、休みも取れず疲労が蓄積します。しかしながら、こうした人々の健康なくしては復旧や復興はありません。最低週に1日は休みをとり、毎日の睡眠時間は6時間以上確保する、バランスよく食事をとるといったことを自ら心がけるだけでなく組織としても推奨することが必要です。ボランティアも現地でけがをすることがないように周到な準備をします。必要な取り組みについては3章に示しましたので参照ください。
 
おわりに
 災害直後は医療や救助などが中心ですが、次第に集団を対象とした公衆衛生対応が求められます。公衆衛生対応は現地の保健所などの行政機能の確保が前提となりますが、現地の職員も被災にあっています。東日本大震災のような大規模な災害においては、なかなか理想通りに事が運びませんが、一つ一つ解決をする必要があります。そのためには地元の保健所などと十分な連携を行い、ニーズに応じた活動を行います。

0 件のコメント:

コメントを投稿